不妊治療diary

36歳・結婚4年目のオマルが綴る、男性不妊と、働きながらの子づくりにまつわるよしなしごと

判定。フリダシに戻る

【体外9周期目・移植周期D41】36.81

BT9日目の判定日。内膜12.7。

朝一でクリニックへ行って、1時間半ほどで終わってしまったので、仕事が始まる13時まで時間をつぶすことに。丸の内をぶらぶらしながら、ちょこちょこiPhoneでブログを書く。いわゆる、ながら歩きだなこれ。危険なので、早めのランチへ。

さて。結果は、hcgが12.4(だったかな、とにかく12台)。この時期の数字としては、100は欲しいということで、残念ながら着床はしたものの続かなかったということのよう。

院長先生が例によって気遣いたっぷりの口調で、「移植後、お腹の中で成長はしたということです。ただ、残念ながら(この日数で)この数字では、赤ちゃんが生まれたという記録がないんです。ごく初期の流産ということになります」と。

なんだか毎度気を遣わせて申し訳ないな、と思ってしまった。別に泣かないので、大丈夫ですよ、と言いそうになったほどw

とりあえず薬は中止し、hcgが出ている場合はホルモン値の経過観察が必要とのことで、1週間後の再受診となった。ああ、もしかして採卵するとしてもお休みを挟むことになるのかな、とちらと思ったり。

意外と冷静なのは、実は着床しただけでも一歩前進、くらいに気長になっていたのと、何となく妊娠するとしても今回じゃない気がしていたから。

昨日からやたら喉が渇いてひりひりする感覚があったり、数日前から子宮のあたりに引きつるような痛みがあって、いつもの高温期とは少し違うかも、でもこれまでもそう思ったことは何度もあるし、ともやもやしていたのが、hcgが多少でも出ていたと聞いて、少し安心したりもしている。ああやっぱり、と(まあ症状は例によって気のせいかもだけど)。

一方で、4月中ずっと心血注いでいたプロジェクトの大きな山場を昨日越すことができて、これで妊娠までしてたら出来過ぎだな、くらいに思っていたのだった。残念ではあるけど、カミサマがいるとしたら、そんなに毎日のようにギフトをくれるわけない。そう思うと、今回はまあしょうがない、と思えるのだ。負け惜しみっぽくもあるが。

よくよく考えたら、そのプロジェクトはかれこれ3年越しの大プロジェクトで、たぶん今年の秋頃までは何やかや忙しさは続く予定。他に、おそらく夏頃から、これまた大きめのプロジェクトが動くはずで、どうもその新しいプロジェクトである程度結果を出してから子どもを産め、という天の采配な気がしてきた。少なくとも、そう思っていると気がラクだ。

ここ3週間くらい、ずっと22時とか23時に会社を出る日が続いて、好きでこんな遅いわけじゃない、と思う一方で、それでも仕事を辞めたりセーブしたりという発想にはならないのが、結局好きでやってるんじゃないか、と自分に苦笑。アホみたいに仕事優先してることをいつか後悔するのだろうか。

まとまらないことをぐるぐる考えながら、ネットの青空文庫で「ルバイヤート」を再読。

このブログのidにもしているルバイヤート。11世紀ペルシアの数学者・天文学者で詩人のオマル・ハイヤーム(あ、ハンドルネームつーかわたしが名乗っているオマルはこのおっさんの名前からw)の有名な作品は、当時のイスラム文化の中ではおそらく超異色の、無神論的・刹那主義的な4行詩集。

生まれてくるのも死ぬのも、何一つ自分の自由にならない世の中に対する絶望と、だからこそこの一瞬を楽しもうという精神を歌った、何とも自暴自棄に見えて実は清々しい、後ろ向きに見えて妙に陽気な、実に魅力的な詩集だ。

その名前も詩集も、高校世界史で聞き知っていただけで、読んだのは大学を出てからだった。酒好きの飲み友達が教えてくれた、酒と女(時代的に実は男娼)の歌ばかりの、酒飲みのための詩集。

これ読んで、またフリダシに戻ってやってみよう。子どもはできないって運命は決まってるかもしれないけども、どっちにしても、自分の思い通りにならないなら、やりたいようにやって行こう。気持ちを新たにした、GW最終日。


21
歓楽もやがて思い出と消えようもの、
古き好(よしみ)をつなぐに足るのは生(き)の酒のみだよ。
酒の器にかけた手をしっかりと離すまい、
お前が消えたって盃だけは残るよ!

22
ああ、全く、休み場所でもあったらいいに、
この長旅に終点があったらいいに。
千万年をへたときに土の中から
草のように芽をふくのぞみがあったらいいに!

23
二つ戸口のこの宿にいることの効果(しるし)は
心の痛みと命へのあきらめのみだ。
生の息吹きを知らない者が羨ましい。
母から生まれなかった者こそ幸福だ!

25
神のように宇宙が自由に出来たらよかったろうに、
そうしたらこんな宇宙は砕き捨てたろうに。
何でも心のままになる新しい宇宙を
別に新しくつくり出したろうに。

26
あることはみんな天(そら)の書に記されて、
人の所業(しわざ)を書き入れる筆もくたびれて、
さだめは太初(はじめ)からすっかりさだまっているのに、
何になるかよ、悲しんだとてつとめたとて!

オマル・ハイヤーム/小川亮作・訳)*青空文庫からの抜粋